朔の本

『佐藤鬼房俳句集成』第一巻 書評・記事

『佐藤鬼房俳句集成』第一巻が4月14日の毎日新聞「詩歌の森へ」で紹介されました。
評者は文芸ジャーナリストの酒井佐忠さんです。

<切株があり愚直の斧があり>。岩手県は釜石に生まれ宮城・塩釜に暮らした佐藤鬼房の生誕100年にちなみ、俳句と評論、随想を収める『佐藤鬼房俳句集成』(朔出版・全3巻)の『第一巻・全句集』が刊行された。金子兜太や鈴木六林男(むりお)と戦後俳句を支え、東北の地に足をつけつつ人間愛に満ちた普遍的な世界を構築した生涯が再現される。第1句集『名もなき日夜』から『瀬頭(せがしら)』(蛇笏賞)、遺句集の『幻夢』まで14句集に圧倒される思いだ。

 <縄とびの寒暮いたみし馬車通る><鳥帰る無辺の光追ひながら>。鬼房の句には人類の寂寥を乗り越える愛がある。「極北の風と濁流に独り立つ。風化せず、押し流されず独り立つ」(西東三鬼)、「彼は彼の過去を基盤として、すべてを愛に帰結せしめている」(鈴木六林男)。句集刊行時に寄せられた序文などが胸を打つ。また、金子兜太は『集成』の企画を知り、「自分の総量を直(じか)に俳句に打ち込んできた過程が見える」と栞に残している。

 <混沌と生き痩畑を耕せり><宵闇のいかなる吾か歩き出す>。他に高橋睦郎、宇多喜代子が栞に一文を寄せている。高橋は「未来の読者にも鬼房は生きつづける」と書き、宇多は「いかなる吾かと問いつづけていた」という。俳誌「小熊座」主宰の高野ムツオを中心に編集され、「愚直の斧」の真正な詩魂が伝わる重厚な貴重な一巻である。

『佐藤鬼房俳句集成』第一巻が、4月27日の毎日新聞「俳句月評」で紹介されました。
評者は熊本大学名誉教授の岩岡中正さんです。

いま俳句が「痩せ続けている」(菅野孝夫「棒」七号)と言われると、どこか思い当たって忸怩(じくじ)たるものがある。そんな時、佐藤鬼房(おにふさ)俳句集成第一巻『全句集』(朔出版)が出た。いまなぜ鬼房か。

 第一に本書から私たちは、俳句を作る主体の苦悩や重さが問われるだろう。みちのく、昭和の戦争や生活、病気という鬼房の「苦患に満ちた生きざま」を通してその「修羅の果てに見えてくる」「肉声」の文学が、鬼房の魅力。

 この十四の句集の集成から私たちは、新興俳句から社会性俳句の旗手となり、さらに一切の観念を排し豊かな風土性土俗性を備えた、言葉の真の意味での骨太な「ヒューマニスト」へと成長する過程を見、その生きざまを通して、強固で豊かな主体性に学ぶのである。

 切株があり愚直の斧があり

 霜夜なり胸の火のわが麤(あら)蝦夷(えみし)

 観念の死を見届けよ青氷湖

 第二にその一貫した詩精神である。「頽齢(たいれい)多病」でも「せめて精神的に蒼樹でありたい」という若々しい抒情と、生活と風土を通して得た、いのちの根源にふれる豊饒の詩情である。

 愛痛きまで雷鳴の蒼樹なり

 馬の目に雪ふり湾をひたぬらす

 陰(ほと)に生(な)る麦尊けれ青山河

 これら強固な主体性と豊かな詩情、つまりは鬼房の生き生きとした知性はまた、今日種々の人類的困難に直面している私たちにとっての何よりの生きる励ましとなる。

『佐藤鬼房俳句集成』第一巻が、5月12日の読売新聞「記者ノート」で紹介されました。
執筆は文化部の待田晋哉記者です。

 戦争や社会的混乱の時代を経て、東北の風土に恨差した句を詠んだ俳人の佐藤鬼房(1919-2002年)の作品を集めた『佐藤鬼房俳句集成』の刊行が、朔出版から始まった。第1巻の全句集に収められた5230句は、力強さに圧倒されるものばかりだ。

 〈陰(ほと)に生(な)る麦尊けれ青山河〉

 

 日本最古の歴史書『古事記』は五穀の起源を、殺されたある女神の目から稲、耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が生まれたと記す。有名な鬼房の代表句は、この話を背景に、自然やその恵みに生かされた生命を賛美する。大きな句が胸をつかむ。

 

 鬼房は、前衛俳句の闘士として知られ18年に死去した俳人の金子兜太や、読売俳壇の選者を長く務めた森澄雄らと同年の生まれだ。父を幼いころに亡くし早くから働きに出た。この世代の宿命として戦場での長い暮らしを経て、宮城県塩釜市を拠点に作句を続けた。

 〈かの遠き棄民が見える蝶の昼〉

 〈みちのくは底知れぬ国大熊(おやぢ)生く〉

 〈鳥食(とりばみ)のわが呼吸音油照り〉

 

 日本の中央から離れた場所に住む者の反骨精神をにじませながら、寄る辺なき生や命に思いをめぐらせた作品が全句集には並ぶ。

 鬼房が創刊した俳誌「小熊座」を受け継ぎ、俳句集成の編集を担当した俳人の高野ムツオさん(72)は、「句会に行ってもおべんちゃらの一つも言わず、怖い人のイメージを持たれていた。でも実は話好きで、俳句のことになるといくらでも話し続けた。底辺の人とともに生き、句を作る姿勢を持ち続けた心の温かな人でした」と振り返る。
今後、評論や随想の巻も刊行される予定だ。令和の人間には持ち得ないその太い芯と俳味を見直す機会となりそうだ。

『佐藤鬼房俳句集成』が、5月31日の朝日新聞「俳句時評」で紹介されました。
執筆は俳人の角谷昌子さんです。

 蒼樹の精神

 生誕百年を記念して『佐藤鬼房俳句集成・第一巻全句集』(高野ムツオ編)が刊行された。評論、随想の各巻も出版予定なので業績を俯瞰できる。

 鬼房は大正八(一九一九)年に岩手県に生まれ、二歳の時に宮城県の塩釜に移住した。五歳の時、弟が亡くなり、翌年には父が急逝した。貧困の中、小学校卒業後に就職。二十一歳で出征して中国などを転戦し、肺浸潤を発症する。戦地で〈濛々と数万の蝶見つつ斃る〉〈雁渡る車上露営の燈あかりに〉などを詠む。

  夏草に糞まるここに家たてんか

  切株があり愚直の斧があり

 捕虜となり、終戦翌年に塩釜に戻った。草いきれの中で建てた新婚の家とはバラックだ。切株に噛(か)ませた「愚直の斧」は鬼房そのもの。あらゆる存在の本質に迫り、生涯「愚直」を貫いた。

  みちのくは底知れぬ国大熊(おやぢ)生く

  やませ来るいたちのやうにしなやかに

  陰(ほと)に生(な)る麦尊けれ青山河

 大熊を親しく呼び、凶作を招く冷夏の海風をいたちの肉体で表す。青山河の句は『古事記』の女神の伝承による。いずれも風土と一体化した逞しい作風だ。

  逃水のごと燦々と胃が痛む

  吐瀉のたび身内をミカドアゲハ過ぐ

 若い頃から病気続きの鬼房の身体表現は強烈だが、不思議な詩情を保つ。

  戦こばみ続けて眼窩(がんか)だけ残る

  眩しくも蝶の飛びたつ幻夢かな

  翅を欠き大いなる死を急ぐ蟻

 貧困、戦争、病苦を経た詩精神は晩年も強靭だ。「蒼樹でありたい」と言った鬼房の作品には瑞々い魂が宿る。

『佐藤鬼房俳句集成』が、8月1日の毎日新聞「今週の本棚」で紹介されました。
執筆は歌人の小島ゆかりさんです。

存在の本質を問い続けた「切株」

 やませ来るいたちのやうにしなやかに     『瀨頭』

 なんとしなやかで、なんとしたたかな俳句かと思う。鬼房という名とともにあると、いっそう凄みを帯びて忘れ難い。

 「やませ」は夏の季語。冷たく湿った北東の風で、北海道や東北地方にしばしば冷害をもたらすという。飢餓風、凶作風とも。「病ませ」の字も当てられるほど、怖れられる風である。

 しかしこの句には、そんな厳しさと同時に、いたちの機敏でしなやかな姿態も想像される。「やませ来る」で切れ、すぐさま自然なスピード感をもって起伏する表現の呼吸。句自体が、美しい獣のようだ。鬼房七十一歳の作品。

 この句を収録する第十句集『瀨頭』の蛇笏賞受賞に際し、金子兜太が記念の言葉を贈っている。「俳句を決めるものは<人間の総量>という考えをあらためて確認するおもいがある。総量をかけていけば、その人らしい俳句の形姿も、技法も出来上がってくるものだ、ということも」。

 鬼房と兜太は同年の一九一九(大正八)年生まれ。鈴木六林男、沢木欣一、森澄雄などを含め、大正八年組と呼ばれる、戦後俳句の牽引者たちである。

 鬼房は岩手県釜石に生まれ、二歳で宮城県塩竃に移住。五歳で弟を、翌年父を亡くす。貧困のなか、小学校卒業後、塩竃町製氷共同販売組合に給仕として就職する。二十一歳で出征。中国、台湾、ジャワ島などを転戦し、肺浸潤を発症。

 終戦後捕虜となり、翌年帰国。塩竃を生涯の住処とし、病苦と闘いながら、風土性と人間性を湛えた、強靱で自在な詩精神をもち続けた。

 本書は、鬼房生誕百年の記念出版(全三巻)の第一巻。第一句集『名もなき日夜』から第十四句集『幻夢』まで、十六歳から八十二歳までの全句集である。

 単行本句集や選集とちがい、全句集をよむ喜びは、作品史の全貌が見渡せること、知らずにいた秀句と出会えること、また表現者としての、生々しい格闘を目の当たりにすること。

 兜太が言った<人間の総量>という言葉の重みを実感しつつ、鬼房にもたらされた過酷な運命と、俳句という僥倖を思った。

  切株があり愚直の斧があり

  鶺鴒(せきれい)の一瞬われに岩のこる

  馬の目に雪ふり湾をひたぬらす

  陰に生る麦尊けれ青山河

  吐瀉のたび身内をミカドアゲハ過ぐ

  宵闇のいかなる吾か歩き出す

  雪兎雪被て見えずなりにけり

  みちのくは底知れぬ国大熊生く

  残る虫暗闇を食ひちぎりゐる

  混沌と生き痩畑を耕せり

  をしくも死取り逃したる去年今年

  暖かな海が見ゆまた海が見ゆ

 かつては「愚直の斧」こそが鬼房だと思っていたが、いまは少しちがう。東北の風土に腰を据え、遠祖の声を聞き、この世の人間風景を見つめ、存在の本質を問い続けた鬼房は、「切株」でもあったのだ。

 陰に麦の生る古代神話のオオゲツヒメも、暗闇を食いちぎる虫も懐にかかえて、ある宵闇に歩き出す切株が、不思議な迫力をもって見えてくる。体は消え去っても、俳人の幻夢は続く。

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