朔の本

句集『湛ふるもの』書評・記事

『湛ふるもの』が信濃毎日新聞(2020.11.5)の「詩歌のちから」で紹介されました。
評者は宮坂静生さんです。

(前略)生きる不安は社会不安ばかりではない。当たり前の自然の在り方が不安に感じられる。
八ケ岳の中腹、富士見町乙事に住む60代の俳人五味真穂が10月に出版した句集「湛ふるもの」(朔出版)からは、自然が不安を癒やすものではないという体感としての自然の把握がある。しかも不安な自然がかえって、崩れる心とのバランスをとる上で肯定できるという熟慮が新鮮である。
 早春の岩に囲まれゐる不安
 霜折や獣のにほひ不意に吾に

 標高約千メートルの居住地辺りで芽吹きや囀りの時季に、ものを言わない大岩に取り囲まれた閉塞感を不安と捉えた。
「霜折れ」とは、強霜の寒気のため容器が折れてしまったという、暮らしが立ち上げた地貌季語。そんな日はわが身が獣臭いという。
 冒頭に掲げた句は、宙に闇が満ちる夜中に部屋の隅辺りの孔(あな)から蟋蟀(こおろぎ)が貌を出す。不安と言わないが不安な感じがする。蟋蟀も住人も秋の夜に同化していながら、「宙に闇あり」は不安が日常化している。そこに現代の自然がある。

ひとつ前のページへ戻る